芸能界引退が騒がれている俳優の木下ほうかさんの経歴についてまとめてみました。
木下ほうかさんは大阪府大東市の出身で高校・大学と地元大阪の学校に通い、そこから3年間は大阪吉本の吉本新喜劇に在籍していたそうです。
具体的には経歴はどのようになっているのでしょうか?
木下ほうかの出身高校や大学はどこ?
木下ほうかさんは比較的裕福な家庭で親から勉強についてガミガミ言われることもなく、元々やりたいことも何にもなかったそうです。
地元大東市の中学を卒業後、同じく地元の公立高校である大阪府立野崎高校に進学。
高1の時に井筒和幸監督、島田紳助さん主演のガキ帝国という映画のオーディションに見事合格し、俳優デビュー。
映画出演を機に、役者の道を基礎から勉強しようと思い、日本大学芸術学部か大阪芸術大学どちらかに進学しようと決意。
日大の芸術学部は当時30倍以上の競争率でこれは受験するだけ無駄だと思い、大阪芸大は倍率3倍前後だったことから、大阪芸大を受験し見事合格!
大阪芸大で演技や演出の勉強をしながら、ちょうど芸大出身のメンバー主体の劇団新幹線が大阪でブレイクしており、学生演劇ブームにも乗っかったことで本格的に役者を志すようになります。
大阪芸大卒業後、吉本新喜劇に入団。
なぜ吉本新喜劇に入ったか?と言うと、数ある劇団の中で吉本が1番早くデビュー出来るからだったそうです。
当時の吉本新喜劇は4000人から5000人のうち10人ぐらいしか受からなかったそうです。
吉本新喜劇入団後は毎日朝イチに行って、化粧前のスポンジを全部洗って、師匠クラスにおしぼりを用意するなど、3年間下積みをしながら舞台に立っていたそうです。
吉本新喜劇は公演が途切れなく続くことから給料面では不満はなかったそうなんですが、元々ガキ帝国の映画でデビューして俳優をやりたかったこともあり、違うな!とずっとモヤモヤしながら過ごしていたことから吉本新喜劇を辞めることを決意したとのこと。
吉本新喜劇時代の浅香あき恵さんや未知やすえさんとは未だに交流があり、大阪に帰ったらミナミで飲みに行くなどしていたみたいです。
木下ほうかの経歴まとめ
- 地元大東市の野崎高校に進学し、高1の時に井筒監督のガキ帝国のオーディションに応募して見事合格し、俳優デビュー
- ガキ帝国に出演したことで、役者のことを本格的に学びたいと思い、日大芸術学部か大阪芸術大学を受験しようと進路を決める
- 日大芸術学部は当時競争率が30倍以上あり、受かるのは困難だったことから、大阪芸大を受験し合格
- 大阪芸大卒業後吉本新喜劇に入団し、3年間下積み生活を送る
- 元々俳優の仕事をしたかったことから、吉本新喜劇を3年で辞める
以上、木下ほうかさんの経歴についてまとめました。