大宮エリーさんと言えば、ラジオを聴いていた人なんかは江戸っ子のイメージがあるかもしれないですが、実は大阪市阿倍野区出身で関西人です。
関西人と話す時とかは結構関西弁になるし、スナックエリーという配信番組でもチュートリアルの徳井さんがゲストで来た時は同い年と言うこともあり、関西弁になっていました。
大宮エリーさんは阿倍野ではどんな暮らしをしていたのでしょうか?
大宮エリーは阿倍野区出身?関西弁についても!
大宮エリーさんのお母さんが生まれも育ちも阿倍野区でエリーさんも確か小学校の低学年ぐらいまで阿倍野の長屋に住んでいたそう。
当時実家は裕福ではなく、風呂なしの長屋に住んでいたそうです。
大阪ありがとう〜
なんか、わきおこる
阿倍野生まれ。
長屋育ち。
風呂なし。 pic.twitter.com/u7sd3pgS67— 大宮エリー (@tsubu_ellie) October 12, 2020
小3ぐらいで父親の仕事の都合で東京に引っ越ししたそうなんですが、普通に関西弁をしゃべっていたところ、当時は今みたいに関西弁がメジャーだった訳ではなく、関西弁が原因でいじめられたそうです。
余談ですが、明石家さんまさんでさえも、東京で仕事し始めた時は、プロデューサーから、いもくさい喋り方止めろと言われたようですし、やはり関西弁が認知されたのはここ30年ぐらいなんじゃないでしょうか?
いじめについて母親と相談したところ、人を笑かすことが出来たら関西弁であろうが何であろうがいじめられへんというアドバイスを受け、状況に応じて関西弁も徐々に出すようになったのだとか。
このように大宮エリーさんはいじめがきっかけで関西弁から標準語に基本的に直したそうですが、お母さんがコテコテの大阪人だった為に、家ではずっと関西弁だったそうで、関西弁の方が楽ともよくXなんかで呟いていました。
ミヤネ屋とか大阪の番組に出演していた時も、大宮エリーさんは関西弁で話していましたしね。
大宮エリー阿倍野区まとめ
- 母親が生まれの育ちも大阪市阿倍野区で、エリーさんも小学校低学年まで阿倍野に住んでいた
- 実家が当時は裕福ではなく、阿倍野の風呂なしの長屋に住んでいた
- 父親の仕事の都合で小3ぐらいで東京・品川の小学校の転校
- 当時は今のように関西弁がメジャーではなく、関西弁が原因でクラスメイトからいじめられた
- 家ではずっと関西弁を使っていたので、関西弁の方が楽とよく呟いていた
以上、大宮エリーさんと阿倍野区についてまとめました。
阿倍野と言うと、東京の人はイメージしにくいかもしれないですが、日本で最近まで最も高いビルあべのハルカス・近鉄百貨店がある街。
大阪ではキタ・ミナミという2つの大きな繁華街があり、その次に阿倍野・天王寺が来るので、エリーさんは比較的都会で生まれたということになります。